奈良地方裁判所 昭和32年(行)4号 判決 1958年2月25日
原告(選定当事者) 勝間敏雄 外一名
被告 河合村選挙管理委員会
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
原告らは「被告が昭和三十二年五月十五日奈良県北葛城郡河合村々長上村泰蔵解職請求署名簿の署名を全部無効とした決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
「原告らは奈良県北葛城郡河合村々長の選挙権を有する者であるが、同村々長上村泰蔵の解職を請求することを申し合せ、『河合村々長上村泰蔵は時代に逆行した非民主的村長である。河合村民の福利増進を計らず、村民の要望を聴かず強圧的独善的な専制政治を行つている』外八項目からなる請求の要旨を記載した村長解職請求書を添え昭和三十一年八月十一日被告に対して請求代表者証明書の交付を申請したところ被告は右証明書を交付し、同時にその旨を告示した。そこで請求代表者である原告勝間敏雄ほか二十四名は直ちに署名収集運動を開始し法定の収集期間内に法定有効署名数である千六百七十一名の有権者の署名を得、同年九月七日右署名簿を被告に提出し、右署名簿の署名者が河合村の選挙人名簿に記載されている者であることの証明を求めたところ、被告は故意にその審査を等閑に付し、漸く昭和三十一年十二月八日河選第十一号告示を以て同村役場において右署名簿を縦覧に供したが、同月十日突如右署名簿の署名は全部無効であると決定し、前記告示を取消し右署名簿の縦覧を中止した。よつて請求代表者らは昭和三十一年十二月二十七日奈良県知事に対し訴願をなし右決定の取消を求めたところ、同知事はこれを容れ昭和三十二年二月六日右決定を取消す旨の裁決をなした。そこで被告は止むなく同年五月十日より同月十六日まで同村役場において右署名簿を縦覧に供したが、同月十五日右署名簿の署名は全部無効であると決定しその旨告示したので原告らはこれに対し同日異議の申立をしたが、同月二十七日これを却下された。しかしながら被告の右無効決定は違法である。すなわち被告は村長解職請求代表者の一人である山尾政治郎が村長解職請求書および解職請求代表者証明書交付申請書に自署せず、他人に代筆せしめているから前記書面を添付して収集された署名簿の署名は全部無効であると主張するが、山尾政治郎がその氏名を他人に代筆せしめた事実はない。のみならず村長解職請求書および解職請求代表者証明書に氏名を自署することを要する旨の規定は、地方自治法、同法施行令に存在せず、僅かに地方自治法施行規則の様式備考欄に「氏名を自署すること」とあるのみであつて、これは一例として記載せられているもので厳格な意味をもつものでないから、これに違反し氏名を代筆せしめたとしても解職請求署名簿の署名全部が無効となるものではない。蓋し村長解職請求代表者は、その村内において選挙権を有する者ならば、男女の性別、身体の障害、文盲の如何に拘りなく、なりうべきであつて自筆で署名し難い者は適当な代筆者を選んでなすべく、要は自署であると、代筆であるとに関係なく、その者自身において村長解職請求代表者となる意思を有するか否かにある。然らずとせんか、何人と雖も法の前には平等であるという憲法に違反し、山尾政治郎の基本的人権を無視する結果を招来する。かような解釈が許さるべき筈がない。被告は地方自治法の文理解釈上解職請求に関する諸書面には自署が要件とされていることは自明の理の如く述べているが現自治庁選挙課長皆川迪夫氏の言によれば、二十数名の中に止むなく一名位の代筆者があつてもその者自身が真に請求代表者となり、リコール運動をする意思を有しているならば、これらの人によつて収集された署名簿が適法なものである限り有効と解釈すべきものであるとの趣旨も窺われ、又学者の中にも諸説が岐れて一定せず判例も皆無の状態であるから、自署でなければ、署名簿の署名も無効となるとの被告の主張は失当である。」
と述べた。
(立証省略)
被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め答弁として
「原告らが奈良県北葛城郡河合村々長の選挙権を有すること昭和三十一年八月十一日被告に対しその主張のような解職請求書を添え請求代表者証明書の交付申請をなし、被告において右証明書を交付し、その旨告示したこと、そこで請求代表者らは法定の収集期間内に千六百七十一名の有権者の署名を得、同年九月七日右署名簿を被告に提出しその署名者が河合村の選挙人名簿に記載されている者であることの証明を求めたこと、そうして原告主張のような経緯をへて被告が昭和三十二年五月十五日右署名簿の署名は全部無効であると決定しその旨告示し、原告らがこれに対し同日異議の申立をし、同月二十七日これを却下せられたことは認める。右無効決定は請求代表者の一人である訴外山尾政治郎が村長解職請求書および解職請求代表者証明書交付申請書に氏名を自署せず他人をして代筆せしめた事実が明らかとなつたため、なされたものである。すなわち、かような自署せざる前記書面によつて収集された署名簿の署名は地方自治法第八十一条第二項、第七十四条の三によつて全部無効となるのであるから、被告の右決定には何ら違法の点はない。原告は地方自治法施行規則第十二条第九条の規定は厳格な意味をもたない訓示的規定の如く主張するが、これは直接請求制度の根本的建前を無視した議論であつて、到底首肯し難い。凡そ地方自治法第八十一条第七十四条の二第一項における村長解職請求署名簿には選挙権を有する一般住民の自署が要求せられ、代筆では無効であることは自治庁の解釈、学説等も一致しているところ、これらの者より重大な立場にあるいわば村長解職請求の発起人であり、総括的主宰者である請求代表者の署名が代筆で差支えなき道理はなく、地方自治法施行令第百十六条、第九十八条の三に基く地方自治法施行規則第十二条、第九条がその様式備考欄(ニ)に「自署すること」と規定しているのは右の当然の理を注意的に表明したものと解すべきである。たとい右施行規則にかような文言がなくとも自署を要件とすることは当然であつて、万一請求代表者の署名が代筆でも差支えないものとせんか、厳粛且つ重大な結果を生ずる直接請求制度において果して代表者が真実請求代表者たる意思ありや否やの判定に多大の困難を来し、自然これに基き作成された署名簿の署名の効力にも多大の疑問続出し収拾つかざる事態を生ずるを以て原告の主張は是認することができない。のみならず自署せざる請求代表者によつて収集された署名簿の署名は全部無効であるとするのが今日における全国市町村選挙管理委員会の取扱いの実情であるにおいてをや。原告は右の如き解釈をとると文盲者は請求代表者となることができないから地方自治法施行規則第十二条は違憲であると主張するが、右主張は立法論としては兎も角これを解釈論にまで及ぼすことは首肯し難い。蓋し地方自治法において自署を要求しているのは、長の解職請求を公正に行うため、リコールの発起人たる請求代表者が自己の署名位できない者では当を得ないと考えたものであつて、このことは公職選挙法において選挙の公正を期する必要上選挙権行使につき幾多の手続上の制限を設けていることと符節を合するものであるから、違憲の問題を生ずる余地はない。」と述べた。
(立証省略)
理由
原告らが奈良県北葛城郡河合村々長の選挙権を有する者であること、同村々長上村泰蔵の解職を請求することを申し合せ「河合村々長上村泰蔵は時代に逆行した非民主的村長である。河合村民の福利増進を計らず、村民の要望を聴かず、強圧的独善的な専制政治を行つている」外八項目からなる請求の要旨を記載した村長解職請求書を添え、昭和三十一年八月十一日被告に対して請求代表者証明書の交付を申請したところ、被告は右証明書を交付し同時にその旨を告示したこと、そこで請求代表者である原告勝間敏雄ほか二十四名は直ちに署名運動を開始し、法定の収集期間内に法定有効署名数である千六百七十一名の有権者の署名を得、同年九月七日右署名簿を被告に提出し、右署名簿の署名者が河合村の選挙人名簿に記載されている者であることの証明を求めたところ、被告は昭和三十二年五月十五日右署名簿の署名は全部無効であると決定しその旨告示したので、原告らはこれに対し同日異議の申立をしたが、同月二十七日これを却下せられたことは当事者間に争いがない。
原告らは被告がなした前記無効決定は違法であると主張するので審究するに成立に争いのない乙第一号の二第五号証の二第六号証の二同第七号証と証人山尾政治郎の証言によつて真正に成立したものと認める乙第五号証の一、同第六号証の一、および前記証人の証言を綜合すると、訴外山尾政治郎は奈良県北葛城郡河合村に居住し農業を営む者であるが、同村々長上村泰蔵が選挙の際、水道を敷設すると口約しながら、これを果さないことに憤懣を感じ、偶々同村長のリコール動議がもち上つたことから、他人の勧奨もあつて自ら解職請求代表者となることを決意し、小学校も出て居ないような無学のため、知人の石田政雄をして村長解職請求書、同解職請求代表者証明書交付申証書に自己の氏名を代書せしめ、その名下に自ら自己の印章を押捺したことが認められるところ、前記書面には請求代表者の自署を要することは地方自治法施行規則第十二条第九条に明定されているから、これに違反して収集された村長解職署名簿の署名は地方自治法第八十一条第二項第七十四条の三第一項第一号により無効と解すべきであつて、被告のなした前記無効決定には何ら違法の点は存しない。
原告は地方自治法施行規則第十二条第九条は厳格な意味を有しない所謂訓示的規定であるから、これに違反するも無効となるものではなく、若しこれを効力的規定と解すと違憲になる旨主張するが、地方自治法施行規則第十二条第九条は地方自治法の委任によつて制定せられた地方自治法施行令第百十六条第九十八条の三に基くものであるから当然地方自治法第八十一条第二項第七十四条の三第一項第一号を承けて規定せられ、且つ国民の権利義務に関するものであるから効力規定と解すべく、かく解したとしても憲法第九十二条が、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は地方自治の本旨に基いて法律でこれを定める旨規定し、これに基き地方自治法が同法施行令施行規則を通じて請求代表者の署名は自署でなければならないと規定しているのであるから、形式的には違憲の問題を生ずる余地のないのは勿論、実質的にも地方自治法第八十一条第二項、第七十四条の二が村長解職請求署名簿の署名には自署を要件としている趣旨などから考えると地方自治法は村長解職請求代表者が自署能力のあることを要件とし、文盲者はこれから除外されることとし、且つこれが地方自治の本旨に基くものであるとして居ることが窺われるを以て憲法第十四条に違反するものとは考えられない。或は又村長解職請求署名簿の署名に自署が要件とされるのは多数の集団的選挙権者が果して村長解職請求の意思を有しているか否かを選挙管理委員会において調査することが実際上困難であることに基くものであつて、本件の如き村長解職請求書および請求代表者証明書交付申請書の自署の問題と同一に論ずることはできない、との異論があるかも知れない。確かに後者にあつては選挙管理委員会は請求代表者の中に、自署しない者がある場合これを発見し、その請求代表者となる真意ありや否やを調査することは前者に比べ容易であることは認められる。しかし、そうだからと言つて、このことから、直ちに地方自治法施行規則第十二条、第九条が訓示的規定であるとの結論は出てこないから原告の主張は之を認めない。
さすれば昭和三十二年五月十五日被告がなした村長解職請求署名簿の署名の無効決定は正当であつて、これが取消を求める原告の本訴請求は理由がなく、失当であるから、これを棄却すべきものである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 小西宜治 安井章 吉野衛)
(別紙省略)